私と兄は物心ついた頃からしばしば母に連れられ街を訪れていた。
街といっても真新しい建物と交通網が敷かれた新市街ではなく、そこより少しだけ離れた旧市街。
そこは十数年前にダーカーに襲われた、哀しい街の跡。
建築物は破壊され、道路は割れ、そこかしこに当時の惨状がそのまま残っている街だった。
何故そんな場所に足を運ぶのか、幼い私にはわからなかった。
初めてその場所へ連れられて行った時は、その廃墟さに驚いたっけ。
そしてその街に住み続けている人達が居ることにもっともっと驚いた。
「どうして新しい街で暮らさないの?」
私が訊ねると、母は決まって複雑な表情で微笑んだ。
「それはこの土地から離れられない人、離れたくない人が居るからだよ」
勿論、
右も左もわからないちっぽけな子供には理解できない話だった。
そんな場所だから、というか。
旧市街はお世辞にも治安の宜しいとは言い難い環境だった。
新しい街を追われたゴロツキ。
新しい街に住めないひとたち。
新しい街に受け入れられなかった人たちがそこで身を寄せ合って生活をしている。
明るく輝かしい未来を思わせる新市街の陰にある、過去の遺物の旧市街。
「現実から目を背けてはいけない」
母はそう言っては旧市街に大量の物資を運んでいた。
そして何度目かの旧市街訪問のあの日。
真冬の寒い日で、空から白いものがチラホラと舞う日だった。(人工気象だけどね)
母に手を引かれ街を歩いていると、物陰から痩せっぽっちの子猫が此方を窺っていた。
私は思わず母の手を振りほどき、その子猫を触りに行ったの。
こんな寒い日は、独りぽっちの子猫には辛すぎるだろうと思って。
けれど私が近寄ったら、その子猫は逃げてしまった。
ぴょんぴょんと身軽に路地裏へと入っていってしまう子猫。
私は我慢出来ずに、母の制止を振りきって子猫の後を追った。
どれくらい走っただろう。
息も切れて、着ていたコートも暑苦しくなった頃、ちょっと先のゴミ捨て場(のようにしか見えなかった)で子猫が待っているのが見えた。
「にゃあにゃあ」
まるで私を呼んでいるように鳴く子猫。
私はそっと近寄って手をさしのべる。
すると今までさんざ逃げてた子猫が私の手にすり寄って来た。
これがまた、とびきり可愛い仕草だった。
もう、
この子は絶対にお持ち帰りする!
名前だって決めちゃう!
子猫を抱き、ふと足元を見て――私は凍りついた。
だって(おそらく)ゴミ捨て場に人が捨てられてたのだから。

「……なにをしているの?」
私はおそるおそる、その人に声をかける。
「しぬところ」
その人は汚れ切った季節外れの服を着て、猫のように丸まっていた。
よく見ると、自分とさして変わらないくらいの子供だった。
そんな子が「死ぬところ」とは、緊急事態ではなかろうか。
「しんじゃ、だめだよ」
「べつにいい」
その子は投げやりに呟く。
この子は死ぬことが怖くないのだろうか。
独りで凍えて寒くないのだろうか。
疑問はいろいろあれど、気が付いたら私は行動をしていた。
「ぜんぜんよくないよ。このこ、あたたかいからもってて」
私はその子に猫を渡すと、自分の着ていたコートを脱いでその子に被せてみる。
サイズが合わなかったらどうしようかと思ったけど、その子も子猫とおんなじくらい痩せぎすだったから、女の子用のコートでも充分だった。
その子は私を見上げると、「ありがとう」と小さく呟く。
ほらね、やっぱり寒かったんだよね。
我慢していたんだよね。
本当は死にたくなんてなかったはずだ。
妙な確信を胸に、まじまじとその子を観察してみる。
私を見る瞳は晴れた日の空のように青く綺麗だった。
とびきり綺麗なその色から私は目を離せない。
本で読んだことのある、遠い星の色が思い出された。

「――じゃあ、いこう?」
ひとしきり青を堪能すると、私はその子に手を差しのべる。
その子は少しビックリしたように、私を見つめていた。
「どこへ」
「どこへって……あたたかいところ」
中々手を取らないその子にしびれを切らした私は、強引に手を引く。
その手は氷のように冷たくて、私はなんだかとっても哀しくなった。
でも泣くわけにはいかない。
きっとこの子を驚かせてしまうから。
「あたたかいおうちにかえろう」
赤いコートにくるまったあの子と、その腕に抱かれた子猫を連れて私は来た道を引き返した。
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COMMENT
No Title
ソルは捨てソルだったんですか・・
No Title
今は飼いソルです。(*>_<*)ノ